02:銭湯行く話【R18】

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「銭湯に行こう」

 いつものように明智のマンションに押しかけて、勝手に夕飯を作って食べながら彼は言った。向かいの椅子でおなじくパスタを口に運んでいた明智がぱちりとまばたきする。カルボナーラをゆっくりと咀嚼し、小首をかしげた明智はしかし意外に、彼の言葉をつよく否定はしなかった。てっきりいつもみたいに「はぁ?」とか、「なんで僕が」とか、そんなふうに返されるものと思っていたので彼は内心ですこしおどろく。

「いいのか」

「べつに。……たまには広い湯船もいいんじゃない。で?」

「?」

「どうせ調べてあるんだろ、近所の銭湯。どこ? ……ああ、ここね」

 彼のスマホを受けとって地図をながめ、明智はこともなげにうなずいた。肩透かしを食らった気分で彼はパスタを食べる。明智は上品な味つけが好きだから、彼が小洒落たガラス瓶のコショウを料理の最後にかけると文句を言わずによく食べていた。

 外はすこしずつ寒くなって、息をひとつ吐けばほわりと白い丸ができるくらいの冬になっていた。すこし前四軒茶屋の街を歩いていると向こうに背の高い煙突と煙が見えて、そういえば昔明智と一緒に風呂屋に行ったのを思い出したのだ。牛乳を瓶で飲む明智は意外で、自分の家庭の話をするのはもっと意外だった。

 そんな思い出がよみがえったから明智を誘って、夕食後はマンションから徒歩五分ほどの銭湯に来ている。

 昔ながらの古い建物はよくある造りで番頭から見て右手が男湯だった。平日の八時はほどほどに客がいる。冷たい夜風を歩いてきたから湯気の入りこんだ脱衣所はあたたかくて、彼はかじかむ鼻先を手でさすってロッカーから木の札をとり、服を脱いだ明智とならんでガラスの引き戸を開ける。

「こんなとこ久々に来たな」

 洗い場の椅子に座って黄色い桶をつかみながら明智が言った。

「ねえ、覚えてる? 前にも一緒に行ったよね、ルブランの前の」

 彼はうなずいた。明智も覚えていたのだと嬉しく思っていれば、しかし明智はふと目をほそめて笑ってみせる。

「あれさ、キミからなにか怪盗の情報が聞き出せるかもって思って行ったんだよね。気づいてた?」

(そうだったのか)

 全然気づいてなかった。でもそう言われたらそうだろうなという気もする。明智は機嫌よくアハハと笑った。

「なんだ、僕はわざと自分の話なんかして打算満々だったのに。キミってば気づいてなかったんだ」

 クラシックの鼻歌を口ずさんで身体を洗う明智は楽しそうだ。彼はすこし考えて、じゃあ今日は? とたずねた。

「え?」

「今日は、なんで来たんだ?」

 怪盗団はとっくに解散していて明智が付き合う義理なんてないはずだ。問いかければ明智は黙りこんで、自分が失態をおかしたことに気がついたようだった。苦虫を噛み潰したような顔をして、うるさいな、とぼやく。

 彼は笑った。今日の明智はただ彼と一緒にここへ来たいと思ったから来たのだ。あるいは浮かれていたからさっきみたいな失言もしたのかもしれない。気取ったネコみたいにツンツンしてるくせにすこし話すと中身はチョロくて思いのほかかわいい。彼はだから明智が好きだ。

 嫌がる明智のうすい背をタオルで洗って流し、ひたいに張りつく自らの癖っ毛をうしろに流して湯船に浸かる。やはりすこし温度は高めでとなりに座った明智は頬をバラ色に染めていた。彼はじっと明智をみる。

 きれいな男だ。線がほそくて柔和な面持ちがうつくしい。筋肉がつきにくい質らしく肉づきは全体にうすくて、頭が小さいからモデルのようだった。しろくてつやつやした肌が女みたいだ。否、女よりきれいかもしれない。さわったことがあるから絹のような手ざわりやしっとりと吸いつくさまを知っている。いつもはきっちり着込んでいることが多いからほそい喉に浮き上がった喉仏がやけに色っぽく、思慮深さをうかがわせる瞳は目元が火照ってなんとも艶やかだった。見惚れていれば赤い目はジロリとこちらをねめつける。

「ちょっと、なにじろじろ見てるのさ」

「いや、なんでもない」

 帰ったら抱こうと思って見ていただけだ。声に出したら怒られるので内心でそう思う。しかしやましい気持ちがどこか伝わったのか、明智はツン、とそっぽを向いた。不機嫌なネコみたいな仕草がかわいい。

 こういう態度をとられると逆に構いたくなる。無防備な脇腹をつつ、と指先でなぞってみると、飛び上がった明智はキャンキャンと小型の犬みたいによく吠えた。自分が一歳年上なことでよくマウントをとりたがるくせに子どもっぽい男だ。だいたいキミはさあ、とか、そもそも僕はだとか、なんだかうるさくなってきたので明智の耳に顔をよせ、彼はぼそりとつぶやく。

「きれいだと思ってみてた」

 明智は握りこぶしを胸の前に上げたまま固まって、それからめっきり静かになってしまった。生い立ちのせいでいつまでも自己肯定感が低くてこういう直接的なことを言われると頭がショートしてしまうらしい。水面に鼻までうずめてブクブクと泡を吹いているから溺れないように顔だけは出してやった。明智はこれ以上にないほど真っ赤で、かわいいと思った。



 湯冷めしないようほかほかと湯気が立っているあいだに急ぎ足で明智のマンションに帰ると、彼はそのままの手つきで明智を寝室のベッドに押し倒した。明智はちょっと待てとかふざけんなとか言っているがいつものことなので特に気にならない。

 してもいいかと声に出して許可をとろうとするともっと怒られるから、黙って行為になだれこんだほうが話が早い。

「んっ……ぁ……んん……はぁ……っ」

 シーツに縫いつけて口づけると合間に漏れる吐息がやらしかった。明智はキスしているときが一番しずかだ。いつものうるさい明智も好きだけれど自分の腕の中でおとなしくなっているさまもよくて、彼は手早く上着のコートを脱がしてセーターをめくる。明智は一応嫌がるそぶりをみせたが脱がそうとするとわずかに腰を浮かせているからエロいなと思った。

 好きだと言っても明智が首を横に振るので付き合っているわけではないが、セックス自体はほとんど拒まれたことがない。上品な顔のくせこれは好きなのだと思うと下半身がずくりと重たくなる。

 ベッドサイドのランプだけつけた暖色の薄闇で明智がほそいあごを上下させる。男のわりには胸がよわかった。まだ湯気ののこる気がするすべらかな胸板をなぞると明智は声を殺して身じろぎした。味見するような仕草で首すじを舐めて胸を撫でる。普段の香水の甘さとちがって健全な石鹸の匂いがする。胸板の感度がいいのはいつもどおりだ。びくびくと腰が震えている。

「ふ……っ、はぁ、……は……」

 つまんだりこねたり吸ったり、女にするみたいにいじめると明智は彼の肩にうっすらと爪を立てて唇を噛んだ。女とちがってやわらかさもまるみもないぺたんとした胸だが、女と同じかそれ以上に感じ入るさまがいやらしくて目に痛い。

 すこしずつ指を下におろして明智のかたちをたしかめるような手つきでわき腹の輪郭をなぞり、部屋着のゆったりしたズボンを脱がせて尻をもむ。しなやかに筋肉がついていてすこしだけやわらかい。男の体でやわらかい箇所は少ないから、彼はここをやわやわと楽しむのが好きだ。指先で揉みしだいていると明智の太腿がもじもじしてくるので半分ほど勃ったそれにもさわってやる。

「っ……! あ、あっ、……うぅ、あ……!」

 年不相応に高い声がかわいい。いつだったか自分の声がきらいだと明智は言っていた。いいコぶった子どもみたいな声のまま、声変わりを経たあとも大して変わらなかったと不満らしい。

 こんなにかわいいのに、と思いながら手の中のそれをこすって明智を鳴かせる。男だからさすがに直接的な刺激には弱くて犬歯のあいだからもれる呻きがやらしかった。ぬるぬると濡れてきた手のひらをうしろにすべらせ、もう片手で器用にベッドサイドのローションをとりだしてそこにたらす。

 彼が部屋になにかを持ち込むと機嫌の悪いときの明智が捨てることがときどきあったがこれとゴムの箱は未だに捨てられたことがない。行為に及ぼうとすると毎回明智は怒るけれど、それらを捨てないあたりに明智の本心がかいま見えてジーンズの前がそろそろすこしきつくなってきた。痛くないよう前を抜きながら後ろに指を入れ、ひたひたとローションで浸してゆく。

「う……っ、んん、うぅ〜っ……」

「痛む?」

「っ痛いに決まってんだろ……バカぁ……」

 拗ねる語尾が甘くとろけ始めている。気持ちいいらしい。指を増やしてバラバラとうごかすと明智はシーツをぎゅっとつかみ、膝をガクガクとさせて頭を左右に振った。すっかり勃ち上がってとろとろに濡れている。肌は汗ばんで目からはもう半分ほど理性が飛びかけていた。普段の冷静さとのギャップが悩ましい。

 彼は熱っぽい息を吐いて自分のそれをとりだした。何度かしごいてゴムをつけ、濡らしてぴたりと明智に押し当てる。ひっ、と生理的な悲鳴が部屋に響いた。ゆっくりと両脚を持ち上げて下腹に力をこめ、ちらりと明智の顔をうかがう。

「入れていいか」

「っ……! だっ、ダメに決まってる……!」

 いつもの返事だ。彼は先端をわずかにめりこませる。

「あ……っ! あ、あぁ……!」

「明智、入れたい」

「だ、だめ……うぅ……っ」

 だめって言いながら両脚が彼の腰を抱いている。彼は唾を飲み込んでさらに身をすすめた。

「……入れるぞ」

「っも、ばか、バカ……! さっさと好きにしろよぉ……あッッ!」

 ひと息に根もとまで突き入れると、行為に慣れた明智は全身を震わせて吐精していた。

「あ……! あ、あっ、あぅ……あぁ……!」

 あの明智吾郎がろくな語彙もなくよだれをたらして泣くさまは何度見ても腰にきた。痙攣する体内で余裕なくゆるゆると動きはじめ、彼はぐっと歯を食いしばって明智を抱く。

 いったばかりの明智は力のない手でポカポカと彼の背をたたいた。今動くなという暗黙の抗議を聞いた上で無視して腰を振る。明智の中はきゅうきゅうと吸いついて搾りとるようによく締まる。

「っ……く、……う……っ」

 油断すればすぐにでももっていかれそうで、彼はなんとかこらえながら中を穿つ。明智はイヤイヤと首を振って泣いて、気持ちがいいのを認めたくないのか両手を口に当てて声をおさえていた。

 かわいい声がききたくて手をどかしてキスをする。下唇に痛みが走って鉄の味が染みた。反抗的な犬歯に噛まれたらしい。ますます興奮して明智の身体をシーツに押さえつける。

「ンッ! んーっ! んんーッ!」

 明智は両手で抵抗したが、彼は上からねじ伏せて奥まで突き入れた。一番深いところまで突っ込んで身体をこわばらせ、うっ、とうめいて明智に倒れ込む。ふーっ、ふーっと肩で息をしながら夢心地で明智の唇をむさぼった。心地のいい倦怠感と血の味と、征服欲が満たされる充足感に身をあずける。明智は赤い目をもっと赤く腫らしてひんひん泣いていた。乱暴されているあいだにまた出したのか腹の上がさっきよりも濡れている。かわいそうな下腹を撫でてやると拗ねた脚に尻を蹴られた。

 ゆっくりと身を離して明智の前髪をすいてやり、ゴムを替えると彼は明智のおでこにキスをする。

「明智、どうしたい? 上、乗る?」

 明智は涙目をゆがめて彼をにらんだ。しばしの沈黙のあとで彼の胸を押し、座る彼の上にまたがってまた固くなったそれの上に乗ってくる。彼は明智がくわえるのを手伝ってやって、正面から抱き合うとやさしく明智の身を揺すった。一方的に押さえつけられる体位を脱した明智はほっとした顔で、彼の首にゆるく腕をからませて控えめに腰を上下させる。何度もしているくせに恥ずかしさで上手く動けないぎこちなさがなんとも男心をくすぐった。彼はすこし太くさせて、ぐりぐりと先端で明智のいいところをこする。

「ッ……! あっ……! はぁっ、んんっ……あぁ……!」

 切なげな声がつややかで苦悶の表情がうつくしかった。すぐそばで顔が見られる体位がいい。さっきまで健全な銭湯の香りをさせていた明智の身体からむっとした性の匂いが立ちのぼるさまにあてられる。彼は下から腰を振って明智をむさぼった。

「あっ、あっあっ! やっ、やだっ、あぁっ……!」

 明智の「やだ」はいいって意味だ。そう言うといつもせまくなる。彼はあごから汗をたらして明智の首すじに噛みついた。ひゃっと鳴いた明智がますます締まる。彼は興奮しきって中を突いた。重力で奥まで犯されて身をそらした明智が悲鳴を上げる。

 やだ、やだとうわ言のようにくりかえして明智は彼の腹を汚し、彼も明智の中で出した。動物みたいな二人分の呼吸が薄暗い寝室に満ち、緊張感の弛緩した彼はのろのろと明智にキスをした。気だるげな明智ももはや抵抗することなく口をあける。

 しばらくむつみ合っているとふと冬の風が汗にふれて、どちらからともなく彼らはくしゃみをした。シュン、とやってから明智がムスッと眉をよせる。

「あーあ、せっかくゆっくりお風呂に入ったのに、これじゃ台無しじゃないか」

 彼は頭をかいた。

「もう一回入りに行くか」

「バカ! しね!」

 口の悪いところもかわいい。風邪を引くから仕方ないと一緒にシャワーを浴びるところはもっとかわいかった。

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