07:バレンタイン【R18】

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 その日明智の家に来た彼は、白地に銀のフォントでブランド名が入ったシンプルな紙袋をコートの肩にさげていた。食卓のテーブルに置かれるとドスンという音がして、中身はそうとう重いことがうかがえる。いつもの流れで家に彼を上げてしまった明智は苦々しい顔つきで黒革のソファに座りこんだ。

「ねぇ、……それ、どんだけあんの? すごい匂いなんだけど」

「さぁ……数えてないからわからない。こっちにもあるから」

 彼はそう言うと大学用のリュックを開け、その匂いはそう広くないリビングにますますもって充満する。いかにも二月十四日のチョコレートの香りに明智はソファでげんなりと脚をくずした。

 この男がモテるということはよく知っていた。どうやら怪盗団の仲間には手を出さなかったようだがそれ以外ではそこそこに遊んでいたらしいことに明智は気づいている。本命も義理チョコもそれはもらっているだろうと思っていたが、それをここに持ちこむほど無神経な男とは知らずに家に上げたのをもう後悔している。夕飯を作るのが面倒だったからよく見ずそのまま上げてしまったのだ。

 彼はソファに座って明智に迫ると、明智はくれないのか、と顔をよせてくる。明智はぐい、と彼の頬を押し返した。

「近いんだよバカ。……だいたい僕がチョコなんか用意してるわけないだろ」

「……ないのか」

 彼は露骨に落ちこんでカーディガンの肩を落とし、明智はフン、とソファに肘をついた。

「あるわけないだろ、君のことなんか好きでもなんでもないっていうか……むしろ、大っ嫌いなんだから」

「あげぢ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「コラ、くっつくなうざったい」

「あけち……」

 いつになくしょぼくれたようすで彼は明智のセーターのお腹に頭からつっこんですがりついてくる。どうやら本当に明智がチョコをくれるものと期待していたらしい。自己肯定感が服を着て歩いているような男だ。

 明智がぞんざいに引き剥がすと彼はため息を深くついて、テーブルから紙袋を持ってくる。そうして大小さまざまなかわいらしいラッピングを持ち上げると明智に見せた。

「食べるか?」

「えぇ……」

 まぁ、これだけたくさんあったらひとつくらいもらってもいいか。そう思ってハートの箱の中身をひとつぶもらう。箱の中には手書きの手紙が入っていて、小粒のチョコレートは手づくりらしかったがかわいらしいクマやらネコやらの絵が描かれていた。

「うわ、あま……」

 ひとつぶでミルクチョコレートが口の中にワッと広がって、明智はそれだけでお腹いっぱいになった。送り主はさぞ気合を入れて板チョコを溶かしたのだろう。

「これは文学部の先輩の分。黒髪でスタイルがいい」

「は?」

 明智が人工的な甘みを嚥下していると、手紙を箱にしまった彼はぽつりと言った。そうしてもうひとつパッケージを持ち上げる。

「こっちは同級生、軽音サークルで男子に人気がある子にもらった」

「うん????」

「同じ学部の子の分。よくノート借してくれる」

「待って、なんで紹介するの?」

「明智が妬くと思って」

「やり方最悪か??」

 このゴミクズ野郎が仲間に慕われる現実に明智は納得がいかなかった。チョコレートを持ち上げる手をつかんで止め、最悪の連鎖をあわてて断ち切る。

 彼はずい、と明智に詰め寄った。

「明智が付き合ってくれないからもらってくるんだぞ」

「はあ? なにそれ、僕のせいってこと?」

「そうだ」

 納得がいかない。明智は彼をキッとにらんで言った。

「あのさあ、そんなにモテるんだったら僕なんかやめて、このチョコのどれかと付き合えばいいじゃないか」

 至近距離で固まり、しかし彼は真顔で返す。

「他の女子と付き合ったら、……明智が悲しむ」

 明智は今度こそ脱力した。あいた口がふさがらない。

「え……それ、えっ、ほ、本気で言ってるの……?」

「本気だ」

 本気のときの目だ。明智は戦慄する。

(う、うそだろ……どんだけ自分に自信があるんだこいつ……え……????)

 あまりにも自信満々すぎる。理解の範疇を超えすぎて逆にもう怒れなくなってきた。明智は疲れ切ってつぶやく。

「君って、けっこうヤバいよね」

「そうか?」

「うん」

「……付き合ってくれる?」

「ヤダ」

 彼は明智の肩口に頭をのせて、ごねるようにゆるく横に振った。もう完全にだだっ子だ。明智はめんどうくささにため息をつく。

 どうあしらおうかと思っていれば視界には透明なチョコの箱が映って、ねえ、と彼に問いかける。

「こんな手の込んだチョコレートくれるかわいい女のコより、チョコひとつくれない僕なんかがいいんだ?」

 彼はのろりと顔を上げた。眼鏡の奥のひとみがまっすぐ明智をみる。

「明智がいい」

 予想どおりの返事にいささか胸がすくような気分になる。明智はわずかに得意になって、人さし指で彼のあごをつい、と持ち上げてみた。

「ねぇ、……僕のどこが好きなの?」

「……顔がきれいだ」

 それは明智も自負している。ヘタに性格が好きとか言われるよりずっといい。自尊心をくすぐる言葉に気を良くして、他にはと聞いてみる。彼は素直な子どもみたいに返事をした。

「声もかわいい」

 明智は自分の高い声があまり好きではないけれど、彼はしばしばそれを好きだと言うからこれもまた本心なのだろう。

 明智が得意になって胸を張ると、彼はふと身を起こして明智に手をのばす。

「……こうすると、もっとかわいくなる」

「んッ……! あ……ば、ばか……んんっ……き、キスしていいなんて……っい、言ってない……!」

 心地よさに思わず腰が浮いて、明智はあわてて彼の膝を蹴った。けれど彼はますます調子に乗って懐いてくる。

「足癖悪いところも好きだ」

「あっ……悪趣味め……! あぁ……っ! さ、さわんな……ッ」

 胸の先にビリビリと刺激が走って明智は背をそらせた。さっきまではなんとかソファに座っていたのに気づけば彼の下に敷かれている。彼はセーターの下にするりと手をのばしながら明智の耳たぶにささやく。

「……なんだかんだヤるのは断らないところ、エロくて好きだ」

「ぁん……っ、お、お前がっ、勝手にするからァッ……」

「……ゴムの箱、知らないあいだに増えてたぞ」

「!!!! もっ、もういい! このはなし、もうっ、あぁ……ッ!?」

 旗色が悪くなったのを感じて明智はあわてて這い出そうとしたが、その気になった彼はかんたんに明智の腰をつかまえてうなじにガブリと噛みついた。

「ひゃっ……!! あぅ……そ、それだめ……」

「明智、かわいい、……ここでしたい」

「だっ、だめ、だめ……! っせめて、ベッドに……!」

 お気に入りのソファの上はいやだ。掃除が面倒だし、仕事中に思い出して死にそうになる。そう思って抵抗するのに腰が砕けた状態ではせいぜい彼を煽るぐらいの引っかき傷にしかならなくて、彼は明智の腹の上にまたがると深くキスしてますます思考を奪ってくる。

「……ッ! ゃ、やだ……ねぇ、んっ……やらぁ……」

 声はどんどん甘くなって身体からは力が抜けていった。器用な両手に胸や腰をさわられて快感を拾い慣れた身体が勝手に反応をはじめてしまっている。彼は興奮しきった面持ちで明智のセーターをめくって胸にちゅっと吸い付いた。

「あ……ッ! あぁ……あーっ、う、うぅ……っ」

 気持ちよくて文句の言葉が考えられなくなる。明智ははふはふと肩で息をして、彼の手がどこかにふれるたび声を上げて身体を火照らせる。

 男としたのはさすがに彼が初めてで、それからは彼の好きなように開発されてしまったから弱いところはみんな知られている。鎖骨を噛まれ、尻を揉まれて明智はほとんど悲鳴をあげた。

 反応がいいのに気をよくしたのか彼の手が明智のベルトを外して下着ごと下げる。もう半分ほどふくらんでしまっていて明智は思わず目をそらした。見えないところでぐちゃぐちゃ音がして下半身がとけそうになる。

「うっ……んんっ……ふ、うぅ……っ」

「明智、気持ちいい?」

「ッ……し、仕方ないだろ……っ、お、男、なんだからっ……!」

「……後ろのほうが好きなのに?」

「ッッ!!」

 明智はなけなしの理性で彼の顔を殴った。外れかけた眼鏡を直してなだめる手つきで彼がキスしてくる。

「ん……すぐ手が出るのもかわいい、明智……」

「んっ……んん……ぁ……」

 舌をいれられると何も言えなくなるのが悔しい。喉の奥深くまでむさぼられるようにされるとクラクラして、明智は従順に腰を浮かせて彼の手が服を脱がせようとするのを手伝った。熱くなった彼の手が明智の腰を撫でる。

「明智、腰、ほそくてかわいい」

「ぅん……っ、も、いいから……」

「夕飯食べすぎるとここがちょっとぽっこりするのも好きだ」

 彼の手のひらがぐるりと下腹に円を描くように撫でて、明智はぞわりと皮膚をつたう期待に息を飲んだ。

 彼は明智の好きなところをいくつも挙げつらねて明智の頭をぐずぐずにして、抵抗する気もなくなるほど明智の体をとろとろにしてしまった。全身桃色に染めてじっとりと汗をかいた明智は両手で彼の首にすがってキスをねだる。彼はよく慣らした明智のその部分につぷりと指をいれると、またひとつ明智にささやいた。

「ここ、入れようとするときゅうってなるから好き」

 明智はすすり泣いた。

「も……いいから、早くしろよぉ……」

「……ッ……」

 明智の太腿を抱えた彼は寝室にゴムをとりにいく余裕もなく突き入れて、明智は腰をガクガクとさせてそれを受け入れた。普段なら生なんて絶対ゆるさないのにそんなのどうでもいいくらいに頭がぐちゃぐちゃになっていた。

 奥までぴったりくっつくと嬉しくて、骨っぽい彼の手をつかんでうっとりと頬ずりをする。彼は低くうめいて性急にうごきだした。

「あっ……あ、ぁつい……あぁ……っ」

「ッ……明智、きつい……」

 彼は目もとの汗をぬぐって眼鏡をとり、乱暴にテーブルに放って明智の身体に沈みこむ。明智は喘ぎながらきゅうっと下腹に力をこめた。男のギラついたひとみに見下ろされて自然とそうなってしまう。

 黒目が大きくどちらかといえばかわいい造作をしているはずなのに、自分を抱く彼は獰猛な男の顔をしているから興奮する。自分だけが彼の眼鏡を外した顔をこの距離でみているのだと思うと優越感で明智は今にも射精しそうになった。腹の奥を突かれてそのまま吐き出し高い声を上げる。

「ア……! あっ、あぁッ! で、でて……っ、ま、まって……っ」

「はぁ……明智、でそう……っ」

「えっ!? うそっ、ゃ、やだっ、なっ、中はだめっ、だめだから……ッッ!!!」

 射精して冷静になった頭であわてて断ったのに、彼は歯を食いしばって明智をギチリと押さえつけるとお腹の奥底にびしゃりと叩きつけてしまった。

「あ……あ……っ」

 いざ出されてしまうと理性より快楽がまさって明智はすんすんと泣いた。自分の腹の上で気持ちいいのをこらえる男の苦悶の表情がいとおしい。

 何度か大きく腰を痙攣させると、彼はヒュウッと喉を鳴らして明智に倒れこんできた。男の体の重たさに胸が苦しくなる感覚すらよくて明智はクラクラする。下から抱きついてねだると彼はゆるく腰をまわしながら明智にキスをしてくれた。明智はうれしくてちゅうちゅうと吸い付いて夢中になる。受け入れた部分がいつも以上に熱くて目の前がチカチカした。

 一回出されるともっと欲しくなって、控えめに腰を振って明智は二度目を誘う。彼はすこしおどろいた目をして、けれど明智をことわりはしなかった。さっきよりもゆっくりとやさしく抱いてくれる。

「んっんっ、あぁ……すご……はぁ、ん……もっと……」

 体内を抉られる感覚に震えながら、こうなるのがわかっていたからいやだったのだと明智は思った。ゴムをつけずにやったらきっと自分がダメになると思っていた。でも実際のそれは想像よりもっとずっとよくて、明智はけんめいに腰を振って快楽を追ってしまう。

 かわいいとまたつぶやいて、彼はふと明智の顔の横に手をのばした。かわいそうなホワイトチョコレートがひとつぶ黒革の上に落ちている。行為のどさくさで袋からこぼれてしまったのだろう。彼の手がそれをテーブルに置こうとするので、明智は指ごとぱくりとくわえて食べてしまった。そのまま指先を吸って彼を煽る。むらっと大きくした彼は身を倒して動きを早めた。不自由な体位で口づけを交わしながら明智を抱く。

 女の子にもらったチョコの味のキスをしながら彼に抱かれるのはなんとも言われぬ背徳感で、明智はゾクゾクと背筋を震わせた。

「はぁ……あっ、きもちいぃ……」

「うん……っ明智、好きだ……」

 低い声に呼ばれると嬉しくてゾクゾクする。明智も彼の名前をいつになく呼んで、彼の首筋にガブガブと噛みついた。こうすると大きくなるから気持ちがいい。

 めちゃくちゃにやっていると彼の出したものが尻からこぼれる感覚があって、明智はヒッと悲鳴を上げる。痛がっているのかと勘違いした彼が両手で抱き締めてくるので頭が真っ白になるほど興奮した。

 外見も性格も正反対の二人なのに、隙間なくぴったりくっつくとお互いのかたちがカチリとかち合う気がするからふしぎだ。今日は〇.〇一ミリ隔てるものすらないから明智は自分の欠けたこころの奥底まで埋められた気がしてむせび泣いた。

 お互い昂ぶっていたから二度目はすぐで、けっきょく覚えたてみたいに三回も交わったところで二人はぐちゃぐちゃのソファに沈み込む。

 明智は自己嫌悪でため息をついた。

「はぁ…………サイアク、後片付け、めちゃめちゃ大変じゃん……」

「ん……明智、かわいかった」

「バカ、懐くな! ……それ、ちゃんと家に持って帰れよ」

 後ろから抱きついてくる彼に袋を目で指せば彼は面倒くさそうにうなずくので、持って帰らないと家に上げてやらないぞと脅しをかける。彼は肩をすくめてモルガナのおやつだなとつぶやいた。ネコにチョコっていいのだろうかと思ったけれど、アレがネコに含まれるのか明智には判然としなかった。

 部屋にはあいかわらずチョコレートの匂いがしていて、どんどん彼に甘くなっている自分がなんだか怖かった。彼が他の女と付き合ったら明智が悲しむというのは認めがたいけれど、そうなったらキレて刺すぐらいのことはするだろうなと思った。なにも知らない彼はご機嫌で明智のうなじを吸っていた。

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