13:温泉旅行スペシャル[R18]

※18歳未満の方は閲覧ご遠慮ください※



 首都高に乗って浦和から東北道に入ると、ゴールデンウィークの下りはさすがに混んでいた。ハンドルに両手をくたりと置いた彼はときどき思い出したように眼鏡を直し、助手席の明智はふわあとあくびをする。

 レンタルの乗用車の窓からピカピカの五月の陽ざしが照らしていた。いかにも行楽日和らしい渋滞だ。

「佐野で昼にしようと思ってるんだけど」

 オートマ車のブレーキをじりじり踏みながら彼が言った。緑の増えてゆく景色をながめていた明智が振り返る。

「佐野……だともう、栃木だっけ?」

「うん。栃木の入り口。大きなサービスエリアがあるからそこがいいかと思って」

「ふうん、いいよ」

 明智はなにげなくうなずいたが、内心はいつになくワクワク弾んでいた。遠出なんて久々だ。標識に見慣れぬ名前があらわれるとそれだけでも胸が躍る。はしゃいでいるのを悟られないよう、明智は窓辺に肘をついて外の景色をながめるフリをした。


「ゴールデンウィークさ、温泉行こう」

 車の本免許をとってから数日後、彼はウキウキとそう言った。

「温泉……? どこの?」

「鬼怒川。調べたら大きいとこならまだ空いてる」

 自宅のリビングで仕事をしていた明智はキーボードを打つ手を止めた。いつもなら彼の誘いには難色をしめすけれど、温泉と言われるとさすがに興味を惹かれたのだ。

 鬼怒川はたしかテレビのロケで一度行ったきりで、仕事だったからろくろく観光した覚えもない。

「ゴールデンウィークの、何日から? ……行くなら、警察の担当に相談してみるけど」

「! いいのか? 四日から一泊二日で考えてて」

「……聞いてみる。宿泊先教えて決まった時間に連絡入れれば大丈夫だと思う」

 彼は喜んで小躍りした。

「車出すから、ついでにドライブしよう」

「初心者マークに乗るの、ヤなんだけど?」

「明智と旅行。楽しみだ」

「たまには僕の話も聞こ????」


 そんなやりとりをしたものの、彼は若葉マークをのわりには初めから落ちついた運転だった。首都高速に乗るときはさすがに緊張の色が見えたがそのくらいで、数キロにおよぶ渋滞に巻き込まれてからはのほほんとゆるやかな波に乗ってペダルを操作している。走り出すときも止まるときも危なげがないので明智もすっかりくつろいだ気分で座っていた。

 気候がいいからときどき喉が乾いてペットボトルの紅茶を飲み、となりの彼にもひと口やる。

「いいな、デートってカンジ」

 紅茶を明智にもどしながら彼が言った。明智はムスッと眉をしかめる。

「運転中だから蹴らないでやってるだけだからな。あんまり調子に乗るなよ」

「はは、今なら何でも言い放題だ」

「あとで何回ボコられるか数えとけ」


 彼はかるく笑って車のパネルを操作した。出がけに接続していたスマホの音楽が流れ始める。すこし懐かしい曲調の、ミドルテンポの洋楽だ。いかにも車のCMで聴いたことがあるような曲で明智も自然と心が沸き立つ。

 思わず鼻歌でサビを口ずさめばルームミラーに映る彼はひどく嬉しげに自分を見つめていて、あわてて明智はそっぽを向いた。カラカラと彼が笑う。明智は五月の紫外線に火照る頬に手を当てた。直射日光のせいなのだと、そう自分に言い聞かせた。


 目的のサービスエリアにたどり着くとその頃にはちょうど昼になっていた。駐車場の空きをみつけて車を下り、二人は新しいリフォームの建物へワクワク歩いてゆく。

 車外はさんざめく日差しで暑い。彼は長袖のパーカーの袖をめくり、明智は白いシャツの襟口をパタパタさせた。

 かきいれ時のキッチンカーが押し寄せてジュワジュワと香ばしい煙を上げていた。連休の人手であちこちにぎわっていて、芝のドッグランでは連れ出された犬たちがキャンキャンと元気に跳ねている。天気がいいからソフトクリームを楽しむ姿も多い。

 お互いお腹がキュウキュウと鳴っていて、二人は駆け足で食べものの並びを見た。

「牛串だって。でかいな、うまそう」

「ラーメン推しもすごいね」

「こういうとこ来ると食べたくなるよな」

「そうなの?」

 明智にはあまりピンとこなかった。家族旅行など死んでも縁のなかった暮らしだ。高速道路といったらときどき地方のテレビ局にいく手段のひとつで、サービスエリア自体も学校の旅行でトイレに寄ったくらいしか覚えがない。

 明智がいまいちわからない顔をしていると、彼は明智の手をとって、みんな食べようと言った。

「明智の食べたいもの、順番に全部食べよう」

「えぇ? お腹いっぱいになっちゃうよ」

 自分が責任を持って食べるからと彼が言った。あんまり真剣に言うから明智は思わずふきだして、食堂の券売機でしばらく迷ってご当地のしょうゆラーメンセットと彼が勧めるカレーを頼む。

 長机の間になんとかとなり同士が空いた席を見つけて座って待っていると、トレーを両手に抱えた彼がもどってきた。腹ペコにしみる匂いだ。

 明智はキラキラした目で写真を撮って、探偵王子のあだ名などまるで忘れたわんぱくさで熱い麺をすすった。

「わ、おいしい!」

 一も二もなくかきこんで、ふうふう息を吐いて玉子を頬張る。とろけるうまみに破顔した。カシャリととなりで音がして振り向く。

「おい、撮んなよ」

 明智はけらけら笑って彼のスニーカーを蹴った。楽しげに肩を震わせ、スマホを机に置いた彼もカレーを食べる。

「あ、ちょっと辛いかも」

「そうなの?」

「ん」

 スプーンを口の前に差し出されて、明智はパクリとそれをやった。たしかにいささかピリッとした刺激を感じる。

 向かいに座っていた二人組の少女がこちらを見てクスクスする気配があって、明智はやっぱり彼のすねを蹴った。彼は癖っ毛をくしゃりとかき、明智のラーメンをとなりからひとくちとる。

「あ、こっちもうまい」

「ね。結構さっぱりしてるよね」

 子どもでも食べやすい万人向けの味つけで、コーンたっぷりでチャーシューがやわらかい。

 「サービスエリアでラーメン」の気持ちが明智はすこしだけわかった気がした。長時間の車に揺られて空いた腹にはたしかにぴったりだろう。セットの餃子を彼と分け、ときどきカレーにも手を伸ばす。

「そういえば、両方一緒に食べることってないね」

「だろ」

 ラーメン屋にカレーはないし、カレー屋だってそうだ。ファミレスで両方頼むほどヤンチャな人間でもない。大人のお子さまセットみたいでなんだか楽しい。

 辛さに何度かハンカチでひたいを拭き、食べ終えると明智はいよいよソフトクリームの売り場を指した。みんなが食べているから気になっていたのだ。


 とちおとめソフトを二人で買い、芝の上のベンチに座ってデザートに食べる。いちごの爽やかな甘みが心地よく喉にしみわたった。午後の暑さにアイスの冷たさがちょうどいい。

 かすかに深緑の匂いがする風が頬を撫で、明智はほうっとため息をついた。

「ドライブっていいね、結構好きかも」

「え、……そうか」

「うん。……なに?」

「明智がそういう風に言うの、ちょっとめずらしいから」

「……僕だって旅先でケンカするほど野暮じゃないよ」

 彼はめずらしく驚いた顔をして、それからやわらかに頬をゆるませた。

「喜んでくれて嬉しい。どこ連れてったら楽しいかと思って色々調べたから」

「そうなの?」

「二徹した」

「それは嘘でしょ」

「バレた?」

「バカ」

 なじる声は穏やかで彼は笑って、明智はとけそうになるソフトクリームを横からぺろりとやっていた。


 旅館で食べようという彼が名物のあんぱんと箱入りのきれいな菓子をいくつか選んで、明智はめずらしい柄のビールを二、三本買った。

 東京を離れていくらか道路は流れ出して、小一時間ほど走ると車は鬼怒川の中心にたどりつく。その名のとおり街の真ん中に大きな川が流れる温泉郷だ。

 予約した旅館はその川沿いにならぶうちの一軒だった。広いロビーでソファに座って川面を見下ろしているとややあってチェックインの時間になり、二人は十階の端の部屋に入る。


「えっ……広いね?」

 明智は思わず目を見ひらいた。宿は彼が出すと言いはるからそれ以上の詳細は知らなかったのだ。バイト代が余っているとはいえ大学生の身にさほど期待はせずにいたが、踏み入れた和室はまず八畳間で右手にさらにもう一部屋、八畳の奥にはゆったり机と椅子が置かれた広縁があった。広縁の風雅な丸窓をのぞけば眼下は迫力満点の鬼怒川である。明智はおそるおそる彼を振り返った。

「ここ、高かったんじゃないの……?」

 彼は苦笑ともなんともつかぬ顔で、奮発したとだけ言った。さすがに明智も恐縮しながらうなずいて、それから数分後、彼の表情の理由に行き当たる。


「うわっ……マジかよ……」

 和室の奥には部屋付きの露天風呂があった。ヒノキ風呂がちゃぷちゃぷ揺れるさまを見て、明智は今日一番の不機嫌になる。彼はきょとんと首をかしげた。

「? 好きだろ、大きな浴槽」

「そういう話をしてるんじゃないよ、君がわかりやすすぎるのに辟易してるだけ」

「…………」

 彼はもじもじと前髪をいじって、明智はまた深くため息をついた。感心したと思った途端にこれだ。下心丸出しの男にまったく呆れて言葉も出ない。


「あっ……! あぁっ! あ、も、もっと、ゆっくりぃ……ッ」

 二、三十分後の明智はヒノキのふちに手をついて、あられもないことばかりを口にしていた。腰から下が湯に浸かった状態で後ろから抱かれて頭までのぼせそうになる。

 あれだけ轟々と聞こえた川の音がどこかに消えてしまったみたいだ。浴室には濡れた音と明智の高い声ばかりが響いている。

「明智、声抑えないと、となりにきこえる」

「ひっ……! だっ、だって、君っがぁ……っ! あ、ぁ、そ、そこっばっかりッ……!」

 彼はあわてて明智の口を手でおさえて、明智はすんすんと泣きながら目の前の木目にすがりついた。

 外から浴室が見えないよう一応竹垣と屋根があったが、それにしても屋外で行為におよんだのは初めてだ。いつもとちがう種類の羞恥と緊張に思わず締めつけてしまって快楽にクラクラする。

「ふぅ……ッ、ん、んー……ッッ!!」

 明智は彼の指を噛みながら吐精した。目の前がチカチカしてどこか鉄の味がする。彼の指から血が出ているのにややあって気がついて、その刺激が引き金になったのか後ろの男は体内で痙攣していた。

「っはぁ……ごめん、指、」

「いい、それより、もう一回……」

「ぅん……」

 彼は焦った手つきでゴムを替えて、それから木の縁に座って太腿の上に明智をのせた。

「自分で入れられる?」

「ん……いいよ」

 明智は火照った息を吐きながら彼の肩に手を置き、ゆっくり身を下ろした。真上を向くそれにもう片手を添えると男はわかりやすく興奮して明智のしなやかな太腿に指先を食い込ませる。興奮に呑まれた明智はとがめるでもなく腰を下ろした。

「んっ……あぁ……ふかい……」

 自重でさっきより奥まで届いて明智は大きな目をとろんとさせた。ぴったりくっついてふうふうと息を吐き、たん、たん、と動き始める。

「あ、あっ、きもちいい……」

「いい?」

「ん……っ、ね、動いてっ……」

「うん」

 うつむいていた先ほどとちがって今度は青空が視界に広がって、外でしているのがよけいに意識されて明智はなんとか声をおさえようとした。けれど中で擦れるとおかしくなりそうなほどよくて、う、う、と口の端から漏れてしまう。

「ここ、噛んでいいよ」

 彼はそう言って自分の肩口を指した。言われるまま噛みついて刺激に耐える。

「うっ……ふう、ん、んっ! んんーっ……!」

 明智は目の端からぽろぽろ涙をこぼした。初めは決してこうではなかったと思うのに、回数を重ねるたび体内の粘膜は快楽を拾いやすくなっているように感じられた。弱いところを先端に抉られてぐすぐすと泣きながら彼の首にすがる。

「はぁ……っ明智、すご、あつい……」

 風呂なんか入りながらしたがるせいだと思うけれどそんなことを言う余裕もない。ゆさゆさと揺られて明智は太腿を震わせた。

 睦み合いながら彼がキスをねだり、明智は髪をかきあげて唇をよせる。

「んっ……んん、あぁ……」

 明智はうっとりと吐息をもらした。動きを止めた彼が明智の唇をやさしくなぞって触れてくる。抱き合っているだけでじわじわした充足感がお腹をつたわってせり上がってくる気がして、明智は夢中で彼の舌を吸った。

 ちゅうちゅうとやりながら薄目を開け、口づけに浸る彼の顔を盗み見る。真っ黒な癖っ毛がお湯に濡れてセクシーだ。必死に自分をむさぼる表情になんとも言えない恍惚を覚えて明智はゾクゾクした。下腹がきゅうっと締まってまた気持ちよくなってしまう。

 呆けた明智の動きが緩慢になったのに気づいて彼はふと目を開けた。視線がかち合うと黒目は明智を責めるような目をしてまた腰を振ってくる。

「んぁ……っ! あ、あっ、うぅ……ッ」

 油断していたところを突かれて明智は思わず声を漏らした。すかさずキスでふさがれてもう何も考えられなくなる。頭も体も彼でいっぱいにされて、明智は彼の喉に向かって悲鳴を上げた。


「……ハァ、もう、のぼせ疲れた」

 夕食の会場へ向かうエレベータに乗りながら、明智はげっそりとつぶやいた。となりではツヤツヤ上機嫌の男が口笛を吹いている。ムカついて浴衣の脇腹に一発やったのに、彼はやっぱりヘラヘラしていた。明智はため息をつく。

「浮かれすぎだろ」

「だって、明智と初めての旅行だし」

 ニヤついた横顔が気に入らないのでもう一発殴ったが、まあ、それもそうかもしれないと明智も思った。

「僕、プライベートで誰かと旅行なんて初めてだ」

 帯のあたりをおさえた彼が顔を上げる。

「明智は初めてが多いな」

「え?」

「銭湯とか、ジャズクラブとか、たこパとか」

「…………」

 怪盗団のリーダーに取り入ろうと思ってあの頃色々な場所に誘ったのはたしかだ。でも今思えばそれだけでもない。


 彼と過ごすのは予想もできぬほど楽しかった。明智は初めて自分と対等か、あるいは上かもしれないと危機感をおぼえるほどの相手に出会ったのだ。

 本で読んだ名探偵にはライバルの怪盗がいて、彼はまるで、その本から飛び出してきたみたいに明智が待ち望んでいた存在だった。ともに過ごす時間は有意義で刺激的で、ときどき自分の目的を忘れかけた瞬間すらある。

 自分の身の上を語ったのだって彼が最初だ。弱みを見せるという打算もあったがどこかでそれ以上にほっとする自分がいて明智はおどろいた。誰かが自分の生い立ちや考えを知っていると思うと、心はふしぎと安らいだ。

 もうすっかり彼の心をつかんで会う必要がなくなっても明智はつい彼を誘ってしまったし、彼もまた明智を断りはしなかった。


 あれからいくつも初めてのことばかりを彼と重ねて今は初めての旅行に来ている。かつて殺し合った同士でそんなことしているのは今さらまぬけでなんだかおかしかった。

 明智がくつくつ浴衣の肩を震わせると彼は人がいないのをいいことにそっとその肩を抱いて、耳もとでぼそりとささやく。

「……それに、明智の初めてももらったし」

 明智は今度こそ男の横っツラを本気でひっぱたいた。彼は泣きながら笑っていた。


 夕飯は大きなレストランのビュッフェで、広大なテーブルに和洋中と豊かなメニューが並んでいた。ワイワイ言いながら大皿にとって窓辺のテーブルで夕食をとる。窓の外はすっかり暗くてあちこちの旅館の光がきれいだ。

「これうまいな、家でもマネできそう」

「こっちは作れる?」

「……味つけが難しいかも。しょうゆと……オリーブオイルかな」

「よくわかるよね、僕なんて全然だよ」

 彼は小首をかしげた。

「明智の好きなもの、作りたいし」

 明智は反射で言い返そうとして、けれど今日はやめた。いつもより口数の多い彼がちょっとだけかわいく思えたからだ。


 川魚や山菜の使われた料理はいかにも新鮮でおいしく、明智は追加で白ワインのスパークリングを頼んだ。芳醇な白ぶどうの香りを楽しんでほろ酔いになる。

「ふふ、おいしいね。デザートも食べちゃおうかな」

「……いいんじゃないか」

 明智はニコニコしながらとちおとめのムースを食べた。調子にのって杏仁豆腐までいくともうお腹いっぱいで、かるく食休みしてから部屋にもどる。


「っ……!! ね、ねぇ、僕っ、おなか、いっぱいなんだけっ、どぉ……ッ!?」

 部屋に戻るなり奥の部屋の布団に引き倒され、明智はあわてて畳に逃げようとした。それでも男の力は強く、明智の背中にのしかかると彼はせわしなく浴衣をめくって太腿を撫でる。明智はジタバタもがいた。

「って、ていうか、さっきもヤっただろ!?」

「……浴衣がエロいから」

「浴衣のせいにするなよ!? あ……っ」

 いやいやと明智は首を振ったが、彼は明智を布団に押さえつける。熱っぽい息がうなじに触れて、明智はびくりとした。

「はぁ……明智、夕飯食べてるときずいぶん胸がはだけてるから心配だった」

「は、はぁ?」

「周りの男がやらしい目で見るんじゃないかと思って。ワイン飲んだ後なんかヤバくて気が気じゃなかった」

「そんな目で見てるの君だけだからね??」

「……だって、こんなにエロいのに」

「ッ!」

 骨っぽい男の手はするすると明智の弱いところばかりを撫でた。先ほどの行為を思い出すみたいに肌はすぐ汗ばんで明智は悔しさに歯噛みする。

「もっ、や、やだって、言ってるのに……」

「……やめていいのか?」

 彼はふと手を止めて、うしろから明智の顔をのぞきこんだ。明智はえっと振り返る。ぎらりと光る男の目が見下ろしていて、思わず下腹のあたりが熱くなった。


(っ……くそ、)

 ずるい、と思う。やめる気なんてサラサラないくせに、この男は明智をいたぶるためだけにそんなことを聞くのだ。

 煽られた明智は下から彼の唇に噛みついた。何度か角度を変え、ひたいをぶつけてフーッとにらみつける。ぐい、と尻を押しつけた。

「……こんなになってて、やめられるんならやめてみなよ」

「ッ……! こ、の……っ!」

 彼はいよいよ明智を押さえつけて浴衣の内側をまさぐった。けっきょく当てられて火がついた明智も彼と向き合ってその尻を撫でてやる。

「こ、こら、明智、」

「ふん、そっちだって好き放題さわってるじゃないか」

 自分はいいけど明智はダメだとでも言わんばかりの顔つきで、彼は明智の両手をつかまえて明智の帯で縛ってしまう。

「ちょ、ちょっと! 何すんだよ! 僕、こんな趣味、あぅ……ッ!!」

「はー……っ、明智、エロい……」

「聞け!! 人の話!!」

 彼はいよいよ明智の体に没頭して、文句を言う声はしだいに小さくなった。かわりに二人分のひそやかな吐息が寝室に響く。

 浴槽でしたときは熱さでのぼせていたからお互い性急な行為だったが今度は丁寧な手つきで彼は明智の肌にふれた。障子越しの淡い月夜が照らす白い素肌をゆっくりとなぞり、きゅうっとつねったり舐めたりする。


 静かになってしまうと今度は妙に気恥ずかしくて、明智は腕に絡まった浴衣をもぞもぞとさせた。

 男は明智の顔色をうかがい、身を折ってそっと口づけてくる。さっきまで乱暴だったくせにやさしいキスで、明智はますますドギマギした。

 彼の手は器用に明智を高めてここが気持ちいいんだと教えるような手つきで責めた。はしたなく下着を濡らしてしまって明智は頬を染める。

 腹に当たる感触に気づくと彼は笑うでもなく布地を引き下ろして、布団の横に置かれた旅行カバンからローションをとりだした。

 慣らすあいだの明智の気まずさをなぐさめるようにまたキスをして、彼はぬるりとその部分に指を入れる。時間をおいていないからさすがにいつもよりはすんなりと通った。

「痛かったら言って」

「ん……っうん、」

 彼はいつもそう言うけれど、痛みを感じたためしはこの頃もうあまりなかった。それより触られたところから順番に気持ちよくて困るほどだ。

「あっ……あ、あぁ……!」

「……ここ、気持ちいいんだよな」

「う、うる、さっ……はぁん、んん」

 鼻にかかった甘えた声が漏れて、明智は情けなさで居たたまれなくなった。

「かわいいよ」

 低い声が耳もとでささやく。彼なりにフォローしているつもりなのだろうがプライドの高い明智には逆効果で、明智はますます恥ずかしくて彼の指を締めてしまった。

「ひっ……! あ、うぅ、あっ……」

「明智、力抜いて」

「ぅぐっ……も、もう、い、いれても、い……から……」

「まだ痛いだろ」

「さ、さっきもヤったし」

 それに、たしかにはだけた浴衣の合間にちらちらとのぞく胸筋がやらしくて明智もその気になってしまった。しなやかな筋肉を伝う汗が煽情的だ。

 彼はあきらめた仕草でゆるく首を振って、ゴムの箱を持ち上げる。


「あ……」

 明智はすこし迷って、身動きのとれない腕のかわりにつま先で彼の尻を蹴った。

「あたっ! ……なに?」

「……つけなくていい、すぐ風呂入るから」

「え、でも、」

「うるさい、早くしろ。気が変わったらやらせないぞ」

「!」

 それは困ると言わんばかりに彼はあわてて明智を組み敷いた。もういいかげんにほどけと言われて明智の手首の帯をほどき、緊張したそれを当ててゆっくり押し入れてくる。

「あ……! あ、ぁ……っ」

 明智は細いあごをそらして鳴いた。


 バレンタインに初めてこうしてからときどき、気が向くとゴムをつけずにすることがある。正直に言えば明智はこれにはまってしまっていたし、こうすると彼がいつもより苦しげにうめくので気分がいい。

 圧迫感は強かったがそれ以上に彼の情けない顔がよくて、明智は両足を彼の腰に絡めてきゅうっと引き寄せる。

「うぁ……ッ、ぁ、あけち、」

 彼は荒く息を吐いて明智の胸の上に倒れ込んだ。はずみで奥まで押し込まれて明智はびくりと肩を揺らす。へだてるものがないとやっぱり興奮して、明智は思わずゆるく腰を振った。

「あッ! や、やば、明智、それ、うぅ……っ」

 彼のものが腹の中で角度を変え、明智は気持ちよさにうっとりため息をつく。

 彼は歯を食いしばって出し入れし始めた。湯船でしていたときよりもっと熱い気がして明智は胸を揺らして呼吸をする。

 理性が剥がれ始めた男はだんだんと容赦のない激しさで明智を抱いて、両手で尻を持ち上げると、自分本位にガツガツとむさぼった。明智は耐えきれずに射精して悲鳴を上げ、彼も奥に出してまた揺する。

 明智はチカチカする視界で手を伸ばして下腹をおさえた。皮膚の内側で粘っこい体液の音がしている。引き抜く余裕なく腹の中に出されるとそれだけ彼が自分に夢中になっている気がするからゾクゾクした。

 明智がお腹を見下ろしていると彼は自分を見ろとばかりに明智のあごをつかんで乱暴なキスをして、明智は笑って彼の舌を吸った。



「温泉に来たのに、なんだか、逆にボロボロになった気がするよ」

 すきっとした五月晴れの下、和やかな清流の音を背景に聴きながら明智はぼやいた。となりに座った彼は困り顔で頭をかいている。

「その、……ごめん、こっちのプリンも食べる?」

「……食べるけど、そんなので機嫌がとれると思うなよな」

 川沿いの足湯カフェはそれぞれの丸いテーブルに個別の足湯がついているので話題で、二人はズボンをめくって膝から下を温かな湯につけながら注文のスイーツがくるのを待っていた。

 明智はチノパンの腰をおさえて机に肘をつき、全身筋肉痛みたいな疲れにため息をつく。旅館をチェックアウトする前に朝風呂に入ったがまだ筋肉や骨がミシミシと音を立てているような気がしていた。


(……それに、)

 それに、この頃は体を重ねれば重ねるほど、自分がどんどんいやらしくなっているようで明智は居たたまれない。

 高校のころはひとりですることさえ少なかったし、以前は声だってもっと抑えていたはずだ。それを彼がかわいいと言うからだんだん歯止めが効かなくなった。

 彼の顔が自分の手で歪むのが好きだからスケベなことだって覚えてしまったし、自分の体のスケベなところだってみんな彼に知られてしまった。自分はどうなってしまうのだろうと空恐ろしい気さえする。


 恨みがましくジロリと見遣れば彼はすっかり身を小さくして恐縮しきっていた。明智は唇をツンととがらせて、ゆるりと足先を持ち上げた。パシャリと勢いよく水面を蹴ると、デニムのジーンズを濡らす飛沫に彼はわっと顔を上げた。

 イタズラが成功した明智は鈴の音みたいにコロコロ笑う。彼は一瞬やり返そうとしたように見えたがさすがに気が引けたらしく止まって、かわりにくしゃりとほほえんだ。ややあって盆を持った店員がやって来る。

 明智はアイスティーとティラミス、彼はコーヒーとプリン。観光地らしくイチゴやチョコレートの細工が飾られてきれいだ。明智は嬉しくてスマホで写真を撮った。と、画面をのぞきこんだ彼がつぶやく。

「上手いんだな」

「そう?」

「よく撮ってるよな、昨日もサービスエリアで撮ってた」

「あー……タレント売りのSNSやってたときの癖。もう載せる場所もないし意味ないけど」

 彼はかるく片手を振って、自分に送ればいいと言った。

「は? なんで僕が君に送らなきゃいけないのさ」

「嬉しいから」

「……君がよろこぶと僕が嫌な気分になるの、知らなかった?」

「知らなかった」

 明智は眉を八の字にした。こうやってにらみ合ったとき絶対に彼が引かないのを知っている。仕方なくポンポンとスマホをタップして彼宛てに今撮った写真を送る。

「保存した」

「早いよ!? ……はぁ、もう、しょうがないヤツだな」

 明智が呆れると彼はいつも嬉しげだった。ツヤツヤのプリンにスプーンをつきさすと一口持ち上げて明智に差し出してくる。昨日は笑われて気まずい思いをしたが、明智はもういいやとそれを食べた。旅の恥なんてかき捨てだ、そう思ってモグモグとやる。


「おいしいね、……ん、これもおいしい。ほら」

 明智は自分のティラミスをスプーンにのせて、彼に向かってひょいっと突き出した。けれど彼は石みたいに固まっている。

「え、……なんだよ、食べないの?」

「いっ、いや! いやいやいや! 食べるっ! た、食べる、けど……」

「なんだよ、さっさと食えよ」

「……ぐ……あ、明智があーんしてくれたの……は、初めてで……か、かわいくて……」

 彼につられておなじようにしただけなのに、そんな風に言われるとにわかに恥ずかしくなって明智はあわあわとスプーンを自分の口に突っ込んだ。彼はああっと悲鳴を上げる。

「ま、待って……! わ、わかった、食べさせてくれなくていいから写真だけ……ッ! しゃ、写真だけ撮らせてほしい……!」

「ぜっっったいに無理!!」



 ギャアギャア言いながらカフェの横の吊り橋をわたって、二人は新緑の坂道をゆっくりと登って語らった。青々と萌える若葉が日に透けてきらきら光っている。野鳥は春の歌を歌っていて、土の上ではカエルが散歩をしていた。

 てっぺんに見晴らし台があるそうで、明智は途中で休みながらアスファルトを踏みしめる。彼は明智のペースに合わせて歩いて、ときどき車がくると、車道側に立って明智の背をやさしく撫ぜた。

 たまに歓声のきこえる川下りが人気のようで、山をゆく人はまばらだった。落ち着いた静けさの好きな明智にはかえって心地がいい。

 舗装路は途中から土の道になり、落ち葉がやわらかなじゅうたんを作っていた。トンネルを抜け、肺いっぱいに土と緑の匂いを吸い、最後に階段をのぼって背の高い台の上につく。中年の夫婦がちょうど下りたところで山の上に二人きりだ。


「気持ちいいな」

 さわやかな風に癖っ毛を揺らしながら彼が言った。明智もうんとうなずく。壮大な山々の景色を自分たちが独占していると思うとなんだか誇らしい気分だ。

「学校の旅行も仕事のロケも、こんなふうに自由な時間ってほとんどなかったし、なんだか新鮮だな」

 彼はちらりと明智をみて、まっすぐな声で言った。

「色んなとこ、行こう」

「え?」

 明智は風の中彼を振り返る。いつになく真剣な目をして、けれどやさしい瞳で彼は明智にほほえんだ。


「もっと、明智に色んなもの見せたい。海とか、花畑とか。……生きててよかったって、たくさん、思ってほしいから」

 風の音も鳥の声も、その一瞬、まるですべてが静まりかえった気がした。明智は瞠目してその場に立ち尽くす。

 自分のこころを見透かされた思いがしていた。生き残ってしまったと未だにどこかで引っかかっていた、そんな自分をその黒目がまっすぐ見つめているように明智には感ぜられた。

 明智はなにかを言おうとして、やはり言葉は浮かばなくて、しばらく悩んで、それから彼にキスをした。

「! ……明智?」

 辺りにひと気はなかったが彼はさすがにおどろいた顔で、けれど明智の右手がその手をきゅうと掴むと彼はそれ以上を触れなかった。かわりに手をぎゅっと握り返して、行こうと言う。明智はうんとうなずいて階段を下りる。

 坂道をゆきながら、ああ、自分はありがとうと言いたかったのだと今さら気がついた。



 駅前の土産屋通りに立ち寄ると、彼は店先を物色して両手に箱やら瓶やらを持ち上げた。となりでものめずらしくながめていた明智は片眉を上げる。

「さすが、みんなのリーダーさんは買う相手が多いんだね」

 彼は不思議そうに振り返った。

「明智も買えばいい、新島さんとか、仲いいだろ」

「……べつに、そういう間柄じゃないよ」

 彼はすこし考える顔をして、どうやら明智は土産屋に用がないということに気づいたらしい。そうして自分を指でさし、自分に買えばいいと言う。

「は? 一緒に来てるじゃん」

「帰ってから楽しみに開けるから」

 あとモルガナや惣治郎に買うものを一緒に選べと言われて仕方なく明智も付き合った。一応世話にはなっている相手だ。よさそうなクッキーやワインを見繕い、棚を見渡して彼のものを考える。

(ラーメン……いや、普通すぎる。ストラップなんか渡したら喜々としてスマホなんかにつけそうでムカつくし、……これって、意外と難しいな……)


 あれこれ見比べながら、明智はどこか胸はずむ思いでふふ、と笑った。誰かにおみやげを選ぶのがこんなに楽しいなんて知らなかった。

「明智、決まった?」

「! いや、まだ……」

「そうか。ゆっくり選んで。……となりのパン屋で買い物してるから」

「うん」

 大きめのビニールをさげた彼は向こうに消えて、明智はほうっとため息をついた。誰かにではなく彼に選ぶからこんなふうに嬉しいのかもしれない気がして、首すじが熱かった。

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